▶朋友会ホームページ公開平成十三年のころ

懐かしい旧・朋友会ホームページ

今年は、平成最後のお正月となりましたが、第四回目は、記恩ヶ丘新春座談会として「旧・朋友会ホームページ」の立ち上げの経緯について初代の朋友会ホームページ委員長の里見さん、上田さんにお話をお聞きしました。(お話:里見 絢子さん(高9期)、上田 寛さん(高10期) アクセス情報の提供:佐藤 敦さん(高34期) インタビュー:廣瀬 隆夫(高25期)

⇒ みなさん、明けましておめでとうございます。平成も今年で終わりますので少し懐かしいお話をお聞きしたいと思います。
旧・朋友会ホームページは、いつ頃から運営されていたのでしょうか?

正式な開設は、2001(平成13)年9月1日です。こんなに長い歳月が過ぎてしまったのかと、しみじみと思い返しております。朋友会のホームページを立ち上げるまでには、2年余りの歳月を要しました。2週間に1回、確か土曜日の午後の2~3時間を打ち合わせの時間として10人前後のホームページを作成したいという有志が集まり、知恵を出し合いながら、当時、めまぐるしい勢いで社会に登場をしてきた、パソコンやインターネットのことを学びながらホームページの立ち上げを目指しました。

活動していた朋友会の各委員会から委員を出していただきホームページ委員会が立ち上がることになりました。この中に高34期で、会社で画像研究に取り組んでいらした佐藤 敦さんが自発的に加わってくださったことが、大きな力になりました。ホームページを立ち上げるためのホームページビルダーのようなアプリケーションも、まだ存在していなくて、一つひとつ手作りのような状況で、ホームページの色、文字、型、目次などを決めていきました。 (里見)

⇒ ホームページを立ち上げようとしたきっかけは何ですか?

当時の朋友会には、朋友会会長のもと会報委員会、親睦委員会、組織委員会などの組織があり、各委員会にはそれぞれ委員がいて朋友会活動を支えていました。私は、組織委員会のメンバーとして活動していました。組織委員会に委ねられた課題は、朋友会の活性化を図るために一人でも多くの卒業生に朋友会活動に関心を寄せてもらい活動に参加をしてもらう企画を模索することでした。思い返して見ますと、この課題に応えることはなかなか困難なことでした。沈黙が流れる会合も度々あったように思います。

ある会合で、「まだ限られた場所でしか目にすることができませんが、最近、世の中にホームページと言うものが登場しました。大変便利な機能を持ち合わせていて、会報で半年に1回行われている情報伝達をタイムリーに届けることが出来るようになり、会費の徴収なども安易に行う方法も見つけることができるかもしれません。朋友会のホームページを立ち上げるのはいかがでしょうか」と提案を致しました。軽い気持ちで、組織委員会の活性化と、出口の見つからない朋友会の状況を少しでも明るくしようと考え発言をしたつもりでしたが、「ホームページってどんなもの?」「パソコンが出来ない人はどうするの?」など多くの質問が飛び交いました。

提案をした私自身もホームページに精通している訳ではなく、回答することに大変な苦労をしました。そこで、「現在の組織委員だけでホームページを作成するのは無理だと思います。ご高齢のメンバーだけでは困難が予測されるので、若いメンバーにも協力をお願いするというのはいかがでしょうか?」と、ホームページが、朋友会活動への参加を促すことに繋がればとの想いをこめて回答をしました。

それから数か月後、朋友会の役員会への出席を要請されました。ホームページについて説明を求められると思っていましたが、「ホームページ委員会を立ち上げることになったので、委員長(副会長)を引き受けてもらいたい」と会長から言われた時には、意外な展開に愕然としたことが思い出されます。当然、固辞をいたしましたが、聞き入てもらえず、意に沿わないままにホームページ委員長を引き受けてしまいました。 (里見)

私は、当初は会報委員会の連絡係としての参加でしたが、里見さんの熱く語られる姿が印象に残っています。山田会長の執行部となってからは、ホームページと会報の統括副会長としての出席でした。(上田)

2001年にホームページを持っている同窓会は希少でした

出典:Total number of Websites

⇒ 立ち上げに際して、どのようなご苦労がありましたか?

ホームページ委員会が朋友会の組織の中に立ち上がることが、総会で会長から報告された時には、多くの会員から質問が飛び交いました。当時、緊張をして会場の壇上にいた私は、残念ながら質問の内容は記憶の彼方に流れ去り、詳細を思い出すことはできませんが、総会終了後の懇親会で先輩から厳しい助言や苦言を数多くいただいたことを記憶しています。

「パソコンのような心のない物に向き合うことなど考えられない」
 → 社会的な情報伝達を仕事として成し遂げられた先輩から言われました。

「君がこのようなことを始める必要はない」
 → 普段は優しい先輩と思っていた方からの言葉で落ち込んでしまいました。

「ホームページなどを作るのは早すぎる。もっとすることがあるのではないか」
 → 高9期の同期から言われました。

「会社に行ったら、机の上がきれいに片づけられていて、大きな机の上にパソコンが1台置かれていて“これからは、これで仕事をしてください”と言われてね、退社をすることにしたよ」と、話す先輩に「がんばってください」と伝えたが、時すでに遅しだった。
 → ホームページに対する逆風の中で、”よく分からないけれど応援するよ”と元気を与え続けてくださった高4期の先輩からの忠告でした。

インターネットがこんなに普及した現在では想像も出来ませんが、当時の世の中は、こんな風潮でした。このような先輩たちが、パソコンの技量の取得に果敢にチャレンジしてくだされば「朋友会ホームページ」への理解の輪がゆっくりと広がるのではないかと期待した日があったことを思い出します。 (里見)

⇒ アクセス数を増やすためにどんな工夫をされたのですか?

ホームページ委員を引き受けてくれたメンバーたちは、より良いホームページを作るために編集会議に多くの時間をかけました。閲覧者を増やすために、同窓生だけではなく、未来の同窓生になる横高を受験する中学生が、将来の大切な閲覧者になることを意識して、先輩たちの活躍を伝える「ようこそ同窓生」のページを開設しました。同窓生へのインタビューとページの作成は、時間を要する大変な作業になりましたが、完成した時には「また、朋友会の貴重な財産が増えた」と満足感に浸りました。

また、実際の閲覧者数を知りたくて、佐藤さんにお願いしてアクセスカウンターを設置して人数を把握するようにしていただきました。ドキドキしながら閲覧者数の報告を受けた日を懐かしく思い出します。佐藤さんに当時のデータをもとにしたアクセス状況のグラフを提供していただきました。 (里見)

⇒順調にアクセス数が伸びていて十年で20万アクセスを超えていたんですね。9月のピークは体育祭や文化祭の記事や、4月のピークは先生方の人事異動のページ(恩師短信)へのアクセスだと思われます。今、このホームページを見ることが出来ないのは非常に残念ですね。

旧 ・朋友会ホームページのアクセス状況(佐藤)

⇒ ホームページを作って良かったことは何ですか?

外国に滞在している同窓生から、ホームページ開設を喜んでくださるメールを受け取った時には、心からの喜びをホームページ委員全員で分かち合いました。政府、企業、大学、もちろん高校もホームページを持たない団体を探す方が困難なほどホームページがポピュラーなものになった現在、ベーシックな技術を学びながら知恵を出し合いながら、みんなでホームページを作成した経験が、当時のホームページ委員の宝になったと信じています。 (里見)

そうですね。佐藤さんが作成された会報電子版にも助けられましたね。 海外赴任の方を対象にしたPDFで作成した会報電子版 は好評でした。

世界的な気象学者の大村纂氏(高12期)を「人物ハイライト」で取り上げたことがあります。既に「ようこそ同窓生」に掲載されていたのですが、初めてダブルで紹介させていただきました。大村氏は、当時スイスに在住されていましたが、掲載誌79号はお知らせした会報電子版 のIDとパスワードを使って出張先のニューヨークで閲覧されたそうです。「早めに読める朋友は楽しいものです」と、横高時代を思い出し大変喜んでいただきました。(上田)

⇒ その他みなさんにお伝えしたいことはありますか?

朋友会ホームページのオープニングを華やかなものにしたいと思い、当時、JALの機内誌の表紙を飾っていたイラストレーターの鈴木英人さん(高20期)に「ようこそ同窓生」の開幕ページに登場していただくことをお願いしましたところ、素晴らしい作品のご提供とともに快諾してくださいました。更に2点の作品を同窓生の皆さんがダウンロードすることを許可してくださいました。プリンター機能が向上してきた現在、同窓生の皆様に喜んでいただけたのではと思っております。 (里見)

平成16年から佐藤さん、和田さんに無理をお願いし、縮小された「人物ハイライト」や一部会報の記事の詳細が閲覧できるようにホームページ内に[Look Look朋友]というコーナーを作成していただいたこともネット(ホームページ)と紙(会報)の融合という新しい試みでしたね。(上田)

「ようこそ同窓生」は、取材したホームページ委員会のメンバーだけでなく、取材を受けて情報を提供していただいた同窓生の想いも詰まっていたのですね。みなさんが、それぞれ工夫されてホームページを作られていたのですね。

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お話をお聞きして、当時のホームページ委員会の志の高さ、熱い情熱を感じることができました。また、当時は、海のものとも山のものとも分からないインターネットという未知の分野に果敢に挑んだ委員長の里見さんはじめ、朋友会ホームページ委員会の皆さんの先見の明と勇気に敬意を表します。皆さんが知恵を出し合って作り上げた貴重なホームページだったのですね。この想いは記恩ヶ丘ホームページに受け継がれていると思います。これからも、ご支援をよろしくお願いいたします。(平成31年1月3日)

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