▶記恩ヶ丘あれこれ(校歌、校章、沿革)

ここでは母校についての薀蓄をご紹介します。(高25期 廣瀬隆夫)

■校歌(坂東武者)の解説

横須賀高校には2つの校歌があります。一つは、坂東武者の名を留めしで始まる横中校歌、もう一つは、天がける白雲かの横高校歌です。旧制中学から新制高校に変わってから、坂東武者では女子が歌いにくく軍国主義的という理由で、團伊玖磨氏が作曲した横高校歌が制定されました。この2つの校歌は、校歌祭でも歌われています。

横中校歌は、難しくて内容が分からない、という声をよく聞きますので、解説を入れました。この意味を理解した後に歌いますと、さらに味わい深いものになります。

  • 坂東武者(ばんどうむしゃ):関東生まれの武士。坂東武士。勇猛な武士でした。
  • 衣笠城址(きぬがさじょうし):平安時代から鎌倉時代にかけて三浦半島に勢力を張った「三浦一族」の本城「衣笠城」の跡で、今は「衣笠城趾」と書かれた石柱が建っています
  • 四方寸土(しへんすんど):正方形の少しばかりの土地という、へりくだった言い方。横高が建っている土地は、かつては1町(109メートル)四方もあり、曹源寺の壮大な伽藍が建っていました。当時の古い瓦も出土しています。
  • 獅子吼(ししく):獅子吼とは、相手が誰であろうとひるむこと無く、正しいことを勇気を持って話しをすることです。百獣の王ライオンは勇敢で、その勇気ある姿勢から「獅子吼」と言います。ここでは、お坊さんの辻説法の姿の比喩に使っているようです。
  • 法塔(ほうとう):衣笠十字路の近くに法塔十字路という地名が残っており、そこに日蓮に関係する法塔があります。先日、この法塔があることを確認しました。
  • 剛健努力(ごうけんどりょく):規律正しく、困難なことに出会っても挫けることなく努力して、強い意志と逞しい精神をもって乗り越えることです。
  • 報本反始(ほうほんはんし):中国の「礼記」という書籍に出ている言葉で、「天地の神々や祖先の御霊をお祀りして、その恩顧(情けをかけてくれたこと)に感謝する」というのが元の意味。天地や祖先の恩と功績とに恩返しをすること。漢学者であった吉田庫三校長が、日本の国情に合わせて皇室尊崇の精神と結びつけ、建学の精神としました。記恩が丘には、天皇の尊像を祀った「報本祠」が建っていました。
  • 記恩ヶ丘(きおんがおか):大正4年11月10日に、本尊として明治天皇の尊像が奉られ、尊像鎮座式が行われ、社殿を報本祠と称え、「記恩ヶ丘」ということが定められました。(百年の風 学校編)
  • 高野辰之先生(作詞)1876年、長野県生まれの国文学者、作詞家。「故郷」、「朧月夜」、「もみじ」、「春が来た」、「春の小川」などの作詞者としても知られています。学校の規則の精神をよく理解し、剛健努力・記恩ケ丘・報本反始・愛と敬などを読み込んで作詞されています。
  • 信時潔先生(作曲)
    1887年(明治20年)、大阪市出身。大正・昭和時代日本の作曲家、音楽学者、チェロ奏者。東京音楽学校教授。「海ゆかば」の作曲者として有名です。作詞の高野辰之先生とは、音楽学校時代の同僚です。
横高校歌(新制高校)

歌詞原作:三和義彦
歌詞補修:三好達治
作曲  :團伊玖磨

一、天がける白雲か
日に新た我らの望み
はてしなき青空よ
ここにして道を学ぶと
記恩ヶ丘に我らつどひぬ
いざさらば道の友垣
誉ある歴史のうへに
新しき行手を求めん

二、学び舎の窓清し
ここにして我らの願ひ
高く秉る灯火よ
その光明るく冴えて
記恩ヶ丘に絶ゆることなし
いざさらば道の友垣
明日よりはさらに励まん
かへらぬ日今日を惜しみて

三、朝あけは近づけり
人の世に生きゆく力
若き日の情熱よ
さしのぼる朝日子のごと
記恩ヶ丘に光はみてり
いざ往かん道の友垣
風そよぐ緑の園を
二つなき思ひ出として
横中校歌(旧制中学)

歌詞:高野辰之
作曲:信時 潔

一、坂東武者の名を留めし
衣笠城址西にして
四辺寸土も史蹟なる
我が学校よ地を得たり

二、獅子吼のあとの法塔に
剛健努力慕ひつつ
記恩ヶ丘に上りては
報本反始誓ふなり

三、潮風荒き此処にして
健児我等は身を鍛へ
遠き彼方に目をやりて
常に望みに生くるなり

四、思出多き此処にして
健児我等は義に勇み
愛と敬とを持ちつつ
常に力に生くるなり
横須賀高校定時制ホームページより

■3つの横須賀高校(横高)

日本に「よここう」と言われる高校が3つあります。「神奈川県立横須賀高校」「愛知県立横須賀高校」「静岡県立横須賀高校」です。3校とも「けんよこ」ではなく「よここう」と呼んでいるそうです。3つの横高の在校生、同窓生が集う横高サミットのようなものを企画できたら楽しいでしょうね。

■横高の校章について

明治41年に、神奈川県の四番目の県立第四中学校として発足した本校は「中」の字を四つよせて校章としました。ちなみに、第一から第三の旧制中学は次のとおりです。

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横中の校章です。大正2年4月1日に校名を改称して県立横須賀中学校となりました。当地は関東武士ゆかりの地であったので、校章は「菖蒲(しょうぶ)」の音が、武を重んじる「尚武(しょうぶ)」と同じであることから、「菖蒲」の花を上から見たものを図案化しました。また、小と大の花弁はそれぞれ「ヨ」「コ」のカナ文字でもあり、「中」の字と合わせて「ヨコ中」を表します。和田義三先生のデザインで第二代河辺良三校長の時に制定されました。

おなじみの現在の横高の校章です。昭和23年4月1日に学制改革により高等学校となり、横中の校章の「中」を「高」と改めました。

校章のモデルになった菖蒲の花

■ 横須賀高校の紹介

明治三十九年の神奈川県議会の席上で県知事官房の坂仲輔部長は、こんなことを言っています。「本県の県立中学校生は、人口比でみますと全国四十六府県のうち、最後から一、二番というありさまです。全国平均が人口一万人に対し中学生が二十人であるのに、本県は十人余りで非常に不足しております」。当時は三浦、横須賀の中学生は、長い時間をかけて逗子や横浜の中学に通うしかありませんでした。

この期待を一身に背負い、明治41年(1908年)神奈川県下で4番目の県立中学校として神奈川県立第四中学校が開校されました。この中学を設置することを決める神奈川県議会の席上で、当時、県会議員だった小泉純一郎さんのお祖父さんの小泉又次郎さんが、強い推薦を行ったという議事録が残っています。

初代校長には、伊藤博文など著名な政治家を輩出した松下村塾の出身で、吉田松陰の甥である吉田庫三先生が任命されました。この任命には当時の神奈川県知事であった同じ長州藩出身の周布公平(すふこうへい)氏が大きく関わっていたと云われています。山鹿流軍学の基礎をなす、尚武、文武両道の吉田庫三先生の精神は、坂東武者の地とあいまって横中魂の中核を形成しました。

横須賀市域では初の旧制中等教育学校であり、横須賀中には軍関係の子弟や青雲の志を抱く少年たちが結集しました。大正2年(1913年)に神奈川県立横須賀中学校となり、昭和23年(1948年)に学制改革により神奈川県立横須賀高校となりました。昭和25年(1950年)に女子が52名入学し男女共学となりました。校歌も”坂東武者”から”天がける白雲”に変わりました。古くから、横中(よこちゅう)、横高(よここう)の愛称で呼ばれていました。

吉田庫三先生の”日本の礎になる人材になれ”、という大号令のもと「文武両道」と「自主自律」を掲げ、規律正しく厳格でありながら自由を重んじる校風が形成されていきました。戦前は海軍兵学校、陸軍士官学校を目指すエリートが入学する学校としても知られていました。

ノーベル賞受賞者(小柴昌俊さん)、五輪金メダリスト(猪熊功さん)、内閣総理大臣(小泉純一郎さん)という日本のトップを揃って輩出した学校としても有名です。

横須賀高校が小泉純一郎元首相などの多くの政治家を輩出しているのは、この学校の生い立ちに関係していると言っても過言ではありません。

【参考】わが母校わが友(毎日新聞社 1976年)、横須賀高校ウィキペディア

■ 沿革

1907年(明治40年)8月7日 – 神奈川県立第四中学校の設立認可
1908年(明治41年)6月20日 – 開校式を行う。以後6月20日を創立記念日に制定
1913年(大正2年)3月11日 – 神奈川県立横須賀中学校に改称
1938年(昭和13年)4月1日 – 神奈川県立横須賀明徳中学校設置
1943年(昭和18年)4月1日 – 学制改革により明徳中学校廃止、横須賀中学校夜間部として併設
1948年(昭和23年)4月1日 – 学制改革により神奈川県立横須賀高等学校に改称
1950年(昭和25年)4月1日 – 男子校から男女共学校に移行
1957年(昭和32年)10月10日 – 新運動場完成
1959年(昭和34年)3月28日 – 旧運動場跡地に校舎新築開始、A棟西側が落成
1976年(昭和51年)2月6日 – D棟が落成し、現在の校舎4棟全てが完成
1989年(平成元年)11月9日 – 現体育館落成
1994年(平成6年)7月5日 – セミナーハウス「記恩館」落成
2002年(平成14年)4月1日 – スーパーサイエンスハイスクール (SSH) 協力校に指定される
2008年(平成20年)10月25日 – 創立100周年記念式典を開催
2016年 (平成28年)4月1日 – スーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定される
※ 横須賀高校ウイキペディアより引用

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