♪ 坂東武者の名を留めし〜(衣笠城趾)

横中校歌にも出てくる「衣笠城趾」に行ってきました。何十年か前に、大楠山のハイキングの時に寄ったことがありましたが、今回は、横須賀中央からバスに乗って「衣笠城趾バス停」で降りて、そこから歩きました。「衣笠城趾」を知っている人は少なく、見つけるのに苦労しました。すぐ近くかと思いましたが、意外に遠かったです。

大善寺という曹洞宗のお寺があり、その横を登った所にありました。古い城跡の近くには、大きなお寺があることが多いですね。大船に北条早雲が築いた玉縄城の城跡がありますが、その近くにも龍寳寺という曹洞宗のお寺があります。戦でなくなった人を弔うためだと思われます。お寺の階段の下に、不動井戸(瀧不動)という井戸があり、今でも使われているようでした。

 

 

 

衣笠城跡の登り口に、「衣笠城趾」の石碑があり、横須賀市教育委員会による「衣笠城跡」の解説がありました。衣笠城の最後の武将であった三浦義明の生誕八百年の記念碑がありました、昭和55年に横須賀文化協会が建てたものです。三浦義明は、八十九歳の時に衣笠城合戦に敗れて自害したそうで、横須賀市大矢部の「腹切松公園」内に史跡があるそうです。

 

 

 

平坦な部分は、思ったより狭くて、この山自体が城の役目をしていた、いわゆる山城ではないかと思いました。また、居城があって、そこに住んでいたということが知られています。旧「朋友」会報に横中生が、居城の成り立ちを、地層から研究した論文があるそうです。みなさんも何百年も前の坂東武者のことを思い、横中校歌を口ずさみながら歩いてみてください。(高25期 廣瀬隆夫)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。