▶大きな“夢と情熱”を持って世界にチャレンジ(廣川裕司さん 高29期)

第一回目の「ガンバれ同窓生」は、IT業界でご活躍の廣川裕司さん(高29期)に、お話をお伺いしました。(取材 高25期 廣瀬)

・・・⇒ 簡単に経歴を教えてください。
1959年横須賀市生まれです。1977年に横須賀高校を卒業後、1981年に慶応大学工学部を卒業して、日立製作所の本社国際事業部に入社しました。日立では、ドイツ、アメリカなど合計7年の海外駐在を経験し、米国の日立データシステムズ社の副社長になりました。

その後、日立の本社で海外ストレージ営業統括部門長を経て、2003年より米国IT企業の日本支社に移籍し、サンマイクロシステムズ日本法人執行役員、 BEAシステム代表取締役、レッドハット代表取締役社長、などを歴任しました。

2017年 3月より、オープンソースソフトウェアの米国データプラットフォーム会社の日本法人ホートンワークスジャパンの執行役員社長に就任しました。

・・・⇒ この職業を選んだ理由は何ですか?
情報技術(IT)は、現在では、日本で最大の産業になっていますが、最先端のITやソフトウェアを通じて、日本の発展・成長に貢献したいと考えてこの職業を選びました。

・・・⇒ 人生を変えた転機は何ですか?
横須賀高校の頃から構想を練っていたのですが、大学時代に実現させた1か月あまりのバックパッカーとしての欧州・インド旅行の経験が人生の転機になりました。その旅行で、日本には良いものがたくさんある、世界は広い、日本の良いところを世界に広げる仕事に就きたいという夢を持つようになりました。

・・・⇒ 仕事をやっていて良かったことは何ですか?
世界のIT市場を変えるような大きな販売・業務の提携を結び、日立の製品(日本のサーバ・ストレージ技術)を2度、世界のトップシェアに導いたことですね。

・・・=> 学生時代の思い出を教えてください。
やはり学生時代にしかできないこと、人とは少し違ったことをやったことです。その結果、今思えば「考える力」「行動する力」「仲間を作る力」という社会で成功する3つの力を身につけられたと思います。

例えば、大学時代、友人と徹夜で「サタデーナイトフィーバ」や「燃えよドラゴン」の映画を観たり、親友(悪友?)たちと2年近く横浜の中央郵便局で徹夜のバイトをしたり、真夏に電話帳配りのバイトで横須賀中をトラックで回ったり、日雇いのバイトで城ヶ島の公園の最南端の階段(ぜひ、私が作った階段で富士山・大島を望む三浦半島最高の景色を見てください)を作って欧州旅行の旅費を貯めたりしたことです。

また、横須賀高校の文化際では焼き鳥屋をして大儲けし、隣のクラスの学年一の美人の憧れの人に美味しく食べてもらったことは人生最高の思い出です。蛇足:高校、大学と首尾一貫して彼女を狙ったのですが、世の中には叶わぬ夢があることを学びました。(笑)

・・・⇒ 今後の予定や計画、夢がありましたらお聞かせください。
世界で通用する、そして世界をリードできる日本人を育成していきたいと思っています。

・・・⇒ 在校生に伝えておきたいことはありますか?
横高生のみなさんには、「近代日本の幕開けの地である横須賀の出身であることを誇りに、大きな“夢と情熱”を持って、日本だけでなく世界を先導する仕事にチャレンジする」ということを念頭に置いて、これからの人生を歩んで行ってもらいたいと思います。

学生時代に、日本の良いところを世界に広げる仕事に就きたいという夢を描き、それを追い続けて今でもアグレッシブに活動を続けておられる廣川さん。これからもお元気でビジネスの第一線で頑張っていただきたいと思います。

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