東京オリンピック柔道金メダリスト 猪熊功さん(高8期)

■ 略歴
猪熊功(いのくまいさお)さんは、昭和13年(1938)2月4日神奈川県横須賀市に生まれました。結核・自家中毒・ヘルニアなどを患い幼少時代は病弱でしたが、市立不入斗中学2年生の時に姿三四郎に憧れ柔道を始めました。体格で劣る猪熊は、最初は相手に投げ飛ばされ続けていましたが、持ち前の負けん気と向上心で背負投を武器に強くなっていきました。

県立横須賀高校(高8期)に進学すると、地元の横須賀のアメリカ兵からボディービルディングを教わり、一時は140キロのベンチプレスを持ち上げるくらいに上達しました。腕力と持久力を強化することで得意の背負投に磨きをかけました。高校3年の時には国体に出場し、東京教育大学(現・筑波大学)に進んでからも柔道を続けました。

1964年の東京オリンピックでは、決勝戦で体重で30kg以上も上回るカナダのダグ・ロジャースに優勢勝ちをおさめ金メダルを獲得しました。翌年の1965年の全日本選手権では無差別級を制し、史上初の柔道三冠を達成し、27歳で現役を引退しました。

2001年に63歳で亡くなり、葬儀は、横高の近くの曹源寺で執り行われました。

■ 猪熊功さんの言葉
「柔よく剛を制す」この言葉のとおり90kgにも満たない体(身長173cm。体重88kg)で100kg以上ある大男たちを次々と宙に舞わせる柔道を実践して国民的なヒーローになりました。

【参考】
ウイキペディア(猪熊功)

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